第8話「都落ち」

妓女「雪の中、わざわざここまで…」


「ですが姉の祇王も、仏御前ももう…」
『知っておる』

妓女「しばらくは、皆で穏やかな日々を過ごすことができました」


「そういえば…前に姉を訪ねてきた白拍子が申しておりました。びわ殿と同じ目の色をした女の人に会ったことがあると」
『えっ』
「その方も前は白拍子だったとか」

『その人は今…』
「訪ねてきた者に文を出して聞いてみましょう」



OPの歌詞「最終回のストーリーははじめから決まっていたとしても 今だけはここにあるよ 君のまま光ってゆけよ」ってとても好き
びわの視点でもあるし、歴史の物語に対する現代の私たちの視点でもある気がする
2022/03/03 00:59:19


徳子「フフ…」

安徳天皇「ヘヘ…はむっ」
敦盛「召し上がってはなりませぬ」

徳子「敦盛殿にお返ししましょうね」

「ハァ…ごめんなさいね」

清経「徳子様の所にも、びわ殿は来ておらぬのですね」

「ええ…ひと目会いたかったわ。だけど…もう私たちと関わらぬほうが、びわのためなのかしらね」

清経「ん…」






「これが猫?」
「かわいー」

『ごちそうさま』
「いんや。こんな薄いかゆでは足りないだろうけど」
「どこまで行くんだい?」
『越後という所まで』
「越後?」
『ここからいくつも山を超えた先だと聞いておる』

「は~…なんでそんなとこまで?」

『そこにたぶん、おかあが』

「気をつけてな。逃げた源氏の武者がうろついておるかもしれんし。近くにある墨俣川で、源氏と平家の戦いがあってな」
『あ…』


頼朝『負けた』

北条政子「何を気弱な…次は勝てばよいのです」

頼朝『ん…勝てる?』

「木曽では同じ源氏の義仲殿が、着々と勢力を増しております。棟梁のあなたが頑張らねば」
『むう…』

今井兼平「義仲」
義仲「ん?」

兼平「おーい」

義仲「あいよっと…」


「プッ」

「ニシシ…」

義仲「頼朝が負けた?」

兼平「まあ…平家が深追いしなかったみたいだから、総崩れではないみたいだけどな」

「うむむ…ニシシ…」

義仲「俺も平家と戦うぜ。なあ兼平!どう思う」

兼平「お前が言うんならそうだろうよ」

「頼朝、義仲。源氏に2人の将軍ありと世に示してやる」

中原兼遠「よくぞ申された。頼朝殿とはお父上同士が争われ…赤子だった義仲殿をこの腕に抱き、木曽まで逃れてまいりましたが…共に平家を倒す日が来ようとは…」

巴御前「まこと…巴も共に戦いましょうぞ」

一同「うん」

「おもしろくなってきたな。義仲」

「んだな」

知盛「重衡や維盛の奮闘で、頼朝には墨俣川の戦いで勝利したものの…義仲は信濃を平定し、次は北陸を手にしようとしておる」

知盛「宗盛の兄上。早く手を打たねば」
宗盛「ん?わしが?」
知盛「父上亡きあとは、名実ともに兄上が平家の棟梁なのですぞ?」
維盛「私が兵を率い、北陸へ参ります」

宗盛「重衡、そなたはどう思う」

重衡「んっ…維盛の申すとおりではありますが。しばらくは様子を見ては」

宗盛「フゥ…義仲を追討するはずだった越後の守は、急に亡くなったしのう…」

僧「越後の守であった城の太郎資長殿はお亡くなりになったがの」

「木曽義仲を討ちに出るというそのとき、空から“大仏を焼いた平家に味方する者は召し捕れ”という声が聞こえ…」


「急に倒れられたのじゃ…越後平氏と言われたお方であったがのう」

『その側室に…もとは白拍子で、このような目の色をした者がおったはずなのだ』

「ん…ハッ、浅葱の方のことであるかな?もとは京におられたとか」

『会えるかの?』

「資長殿が亡くなられたあと越後を去られ、京に戻られたと聞いておるが」
『なんと…越後まで来たというのに』


宗盛「プハァ!」

宗盛「さあ!皆ももっと飲め飲め!」




重衡「維盛」
維盛「木曽の義仲のもとには越中・加賀・越前の武士たちが続々と馳せ参じているというのに」

維盛「我ら平家の棟梁である宗盛殿は、このように宴三昧。このままでは義仲は頼朝より先に京へ上ってまいります」

重衡「ああ…」
維盛「それだけは防がねばなりませぬ」

資盛「曲水の宴?」

清経「宗盛様が開かれるそうなのです。流れてくる盃が、自分の前を通り過ぎるまでに歌を詠むとか。なので敦盛殿とやってみているのです」

敦盛「ですが。今…」

敦盛「維盛殿は兵を率いて、木曽の義仲を討つため戦っておられますのに」


清経「兄上は富士川の戦いとは人が変わったようなご活躍で。越前の燧城を落とされたとか」



敦盛「私も陣に加わりたかったです」

資盛「曲水の宴のほうが楽しそうだけどな」

敦盛・清経「じっ…」
資盛「何だよ」
清経「維盛兄上は、いよいよ義仲との決戦に臨まれるのですよ」
資盛「俺は力を使うより頭を使うほうが好きなんだよな」

清経「使われておられるようには見えませぬ」

資盛「何っ!」
敦盛「お二人とも!維盛殿のご武運を祈りましょう」
清経「こちらは10万、あちらは5万。今の兄上でしたら、恐るるに足りませぬ」


「ニシ…」


「ふっ」

「よっと…ヘヘ…ニシッ!」

「とっ」


「やあやあ!我こそは!源氏の血を引く木曽の義仲なり!」


「ニシッ!」

「やあやあ…」


「やあやあ我こそは、平の重盛が嫡男!維盛なるぞ!」

「ニシッ。明日そっちに行ってやっから!待っとけよ!」


忠度「義仲は粗野な男だと聞いておったが、案外と礼を尽くすのだな」
行盛「木曽の山猿でも名乗り合いの儀式を行うのですな」

維盛「北陸を制した相手です。ゆめゆめ、あなどられぬよう」

忠度・行盛「おっ…」

「夜が明けましたら、すぐに兵を進めます」
「えっ」
「この辺りの山を、我らはよく知りませぬ。それに…この大軍では、平地に出たほうが戦いやすいかと」

忠度「それは維盛殿の申すとおり」
行盛「では明日に備え、休みますかな」

「ニシッ」


義仲軍「えいえいおー!えいえいおー!」


維盛「こ…これは…」
義仲軍「えいえいおー!」

維盛「ふ…不意討ちだ!皆!戦いに備えよ!」

「急げ」
「はよう支度を」
「はよう…」

兼平「うまくいったじゃねえか」

巴御前「1万騎もの兵を、背後に動かすとは…」
義仲「まあ…礼儀正しい奴らにゃ思いつかねえ戦法だよな。ニシッ」

義仲「このまま谷まで追い込む。行くぜ!」




びわ《平家、後ろをかえり見れば》

《白旗、雲のごとし》


《前後より敵は攻め来る》




びわ《人には馬、落ち重なり重なり》

《さばかり深き谷ひとつを、平家7万騎でうずめたり》

《岩泉血を流し、死骸丘をなせり》


宗盛「7万もの兵が谷に落ちた?では、どうなる…どうなるんだ!」

知盛「義仲が京へ攻め入ってまいります」

宗盛「ハッ…」

維盛「ハァハァ…あれは…地獄だ!」

貴族「急げ、義仲が来るぞ」

貴族「どけっ」
下働き「ひゃあ…!」

徳子「京を離れる?」

宗盛「帝と…そして三種の神器もご一緒に」

安徳天皇「ん?」

宗盛「延暦寺はどうやら源氏の味方をするようで。今や我らには義仲に対抗する兵力はなく…」
徳子「ハァ…」

宗盛「ああっ西にはまだ平家の味方が大勢おります。態勢を立て直し、義仲に挑むほうがよいかと…」

時子「天子様。お出かけの支度をいたしましょう」
安徳天皇「どこへ?」
時子「まずは福原ですよ。覚えていらっしゃらないかもしれませんが、前にいらした所です」
安徳天皇「行かぬ」
時子「まあ…旅は楽しいですのに」

時子「では母上と2人で参りましょうか」

安徳天皇「ん…我も行く。はよう支度を」
徳子「フフッ」

徳子「身の回りの物だけ詰めて」

徳子「ハァ…ん?」

徳子「あ…」

資盛「ハァ…」
徳子「資盛」
資盛「わあっ!」

徳子「伊子殿とはまだ続いていたの?」

資盛「はい…伊子殿は京に残るのですね」
徳子「ほかにも…妻や子供を残していく者が多いそうよ」
徳子「京が源氏の都になるというのに」

徳子「いいえ。帝がいらっしゃる所が都よ」

資盛「あっ…ああ…」
徳子「ここでなくてもいい」

徳子「帝と2人、静かに穏やかに暮らせるのなら。それで…」

安徳天皇「ん?」


重衡「ん…」

宗盛「帝は?」
知盛「無事ご出立なされました」
宗盛「後白河法皇の姿がなかったそうだが」
知盛「それが昨夜こっそり屋敷を抜け出されたようで」

後白河法皇「平家と一緒に福原?」

後白河法皇「この鞍馬寺でかくまってくれ。ンフフ…」

敦盛「義仲とは戦わぬのですか」

資盛「義仲を退けたとしても比叡山の僧たちが攻めてくる。頼朝も来るかもしれぬだろう」
敦盛「我らが力を合わせれば、源氏など倒せまする!」
資盛「フゥ…」

知盛「維盛はまだか。もう福原へ発つぞ」

高清「父上…すぐに迎えに来てくださるのですよね」

夜叉御前「お待ちしております」
維盛「ん…」

資盛「兄上。ハッ…お急ぎください。皆、もう…」

維盛「すまない。倶利伽羅峠で…あのように兵を失わなければ…すべて私のせいだ。一門の者に合わす顔もない。私が一緒に都を落ちるなど…!」

清経「兄上のせいではありませぬ!それに我らは、西でもう一度兵を挙げるのです。ただ都を落ちるのではありませぬ」
資盛「清経」

維盛「すまぬ。すまぬ…うう…」

知盛「火を放て!」
重衡「何も焼かずとも…」
宗盛「みすみす源氏に手渡してたまるか。奴らが京に入ったときは、5万軒もの屋敷が灰になっておるわ!」


宗盛「うへえ…ひどい」

徳子「ああ…」

時子「清盛様が築いた福原が、このように荒れ果てておるとは…」
宗盛「ああ…ここは海が近く風も強い。しかも3年もの間、放っておりましたからな!今夜はここに泊まり、明日舟で太宰府へと向かいまする」

徳子「太宰府…それだけ離れれば、義仲も追ってはこないでしょうね」

知盛「帝。このような荒れた場所にお泊まりになるのは初めてでしょう」
安徳天皇「モノノケが出るのではないか?」
知盛「そのときは、この知盛が召し捕りまする。帝もお手をお貸しくださいませ」

安徳天皇「よいぞ」
知盛「まこと!ガハハハ…」

敦盛「清経殿!」
清経「敦盛殿」
敦盛「やはり…ここにおられたのですね」

清経「ハハ…ん?そういえば前にこの浜で…」
敦盛「ええ。重衡殿もご一緒に、笛を吹きましたね」

清経「遠い昔のようです」

敦盛「清経殿…」

清経「京を出る前…維盛兄上が泣かれ、ご自分を責められ…うっ…兄上だけのせいではないのに。我ら平家が追われるように都を出て…こんな荒れ果てた場所で一夜を…どうしてこのようなことに」

敦盛「清経殿、しっかりなさってくださいませ。これから我らが戦うのではありませぬか」
清経「10万もいた兵が今は7000騎。これでどうやって義仲や頼朝と…」
敦盛「私は戦います。清盛様も、清盛様のお父上も、そうして昇りつめたのではないですか」

敦盛「せめてものお慰みに」
清経「敦盛殿、今宵は…」
敦盛「え…」

清経「荒れたこの場所に…笛の音はあまりに物悲しい」

敦盛「あ…」




知盛「父上が夢をかけた福原も灰となるか」
重衡「ん…」

宗盛「西には平家の味方がおる!太宰府へ向かうぞ!」



町人「京で源氏の白旗を見るとは…」
老人「20年ぶりかのう」


女性「どうかお返しください!」
兵「うるせえ!ヘヘッ…おとなしくさせてやるぜ」





「お許しを、放してください」
「何だよ。ほら、いいから入れって」
「うわあ…」

「ん?何だ」

「どけっ」


「ヘヘヘ…」

びわ『むむ…』

静御前「逃げるわよ」
びわ『あ…』

兵「ああっ」

びわ『あっ…琵琶!猫!』

「フッ…大丈夫!」


「待て!」
「おい、もうやめとけ」
「チッ」

『あ…』





文献だと想像しにくい現実味とか人間味を、こうアニメとかで噛み砕いて見ると分かりやすいし身近に感じるから、学校の授業とかもこういうのがいいな
2022/03/03 01:25:00
つぶやきボタン…
ついに平家と離れて別行動を始めたびわ、母を探して猫と旅
源氏の頼朝は勝ってばかりではないし気弱だけど、維盛は戦いへの気概を見せる
それでも結局は義仲たちに破れてしまい平家はどんどん劣勢に…
少し前まで宴に興じていた宗盛たちが西へ逃避行する一方で、びわの境遇にもまた変化が?
源氏の頼朝は勝ってばかりではないし気弱だけど、維盛は戦いへの気概を見せる
それでも結局は義仲たちに破れてしまい平家はどんどん劣勢に…
少し前まで宴に興じていた宗盛たちが西へ逃避行する一方で、びわの境遇にもまた変化が?
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- 2022年03月06日 12:48
- ID:SJbUGaJL0 >>返信コメ
- 木曽義仲の名前聞いたの高校の歴史の授業以来だったわ
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- 2022年03月06日 12:53
- ID:j0ugRzsy0 >>返信コメ
- 母を訪ねてあちこち探し回るびわ
回り回って京に戻るも平家の皆とは入れ違いに
あれが最後の別れになるのは辛いからどこかで再会してほしい
でももう平家も末期だから会えないのかな
皆の訃報を聞いて悲しむびわは見たくないよ
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- 2022年03月06日 12:59
- ID:lNcNE2YU0 >>返信コメ
- 火牛の計は平家物語には書かれてなかったのかな?
まあ、あれは中国の逸話ネタの伝承みたいだけど(義経主役の漫画だと木曾義仲さん結構火牛で倶梨伽羅峠勝ってたりする)
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- 2022年03月06日 13:04
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- 倶利伽羅峠の戦いは富士川の戦いより平家側の被害が大きかった。
富士川の戦いは玉葉によると兵が2千しか集まらず敗戦というより撤退という感じだったが(水鳥の羽音に驚いたのは平家物語内のフィクション)、倶利伽羅峠での戦いは玉葉によると4万(平家物語では7万)対して義仲側は5千(平家物語では3万)だったにも関わらず、奇襲を受けて退路を塞がれたため、兵の多くが谷底に落ちて大損害を受けた事で、平家全体の勢力大幅減少となった。
ちなみに今回1カットだけあった牛の角に火の付いた松明を括り付けた火牛の計だけど、中国の春秋戦国時代に斉が燕に勝った即墨の戦いから取っているのだろうけど、あれは牛の尻尾に松明を括り付けて興奮させる計で、実際に角に付けたら怖がって進まないので、この部分は完全なフィクション
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- 2022年03月06日 13:13
- ID:iI56lBH70 >>返信コメ
- 俱利伽羅峠の戦いは決定打だったな、牛に松明は真偽不明でも、別動隊を使って退路を断ったのはマジでみたいだから、木曾義仲の武略は本物。維盛は戦争には向いていないうえに不利な状況や圧倒的に軍才が上の相手と戦わされて不運極まるわ。
しかし平家一門はみんな年齢が変わっていっているのに、容姿は子供のままのびわという対比。びわは静御前と合流ということは義経と出会って、義経方で平家の行く末を見るのだろうか?そうだとすると悲しすぎる。
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- 2022年03月06日 13:14
- ID:lNcNE2YU0 >>返信コメ
- あ、火牛あったのか
あれ馬かと思った。夜襲表現だからよく見えなかった
あれ頼朝負けたのか?と思って調べたら源氏のトラブルメーカー行家さんじゃないですか
ここらへんで負けた印象なかったけど納得いった
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- 2022年03月06日 13:15
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- 今回、源氏が負けた事が話だけ出てたけど、これは墨俣川の戦い、
美濃源氏と大和源氏による打倒平家の戦いだけど、指揮を取ったのが新宮十郎こと源行家。
この人はアジテーターとしては優秀だけど、戦下手で勝ったことがない。この戦いでも夜襲を主張したことまでは良かったけど、川を渡った兵士の鎧が濡れていたことがバレて逆襲をくらったというおそまつさ。
頼朝が参加してないのに負けたと言ってたのは、源氏が負けたというのもあるけど、援軍を出していたにも関わらず、尾張を先に平家に押さえられたため、美濃での戦いに合流できなかったというのもあり、この戦いに関しては平家の戦略勝ち。
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- 2022年03月06日 13:18
- ID:.BvH3OWY0 >>返信コメ
- 平家の凋落がはっきり見えた回だったな
今までもそうだったけど、倶利伽羅峠です兵が落ちたのと同じ下降線描いて権勢そのものががっくり落ちた
びわが平家を離れたようでいて旅路が微妙に平家の行く末と重なっていそう
やっぱり最後まで見届ける役なんだな…
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- 2022年03月06日 13:21
- ID:hd17Zb7K0 >>返信コメ
- 重盛さえ長生きしてたら平家も8、9代くらい続いたのかなあ
アニメ面白すぎてすっかり平家贔屓。源氏滅ぶべし、くらいになってる(原作も読んだけどその後の処遇が酷い。六代様とか
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- 2022年03月06日 13:23
- ID:lNcNE2YU0 >>返信コメ
- びわの成長が変わらないのは歴史に絡まずに俯瞰的な見方で見ているってネタが入っているのかな?
本来は琵琶法師の立ち位置だろうし
静御前と絡むとか義経の話思い出してしまうな
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- 2022年03月06日 13:23
- ID:2aMljf2t0 >>返信コメ
- しかし義仲、いくら田舎出身とはいえ武家の将なんだから鎧ぐらい着てようよ・・・当時の風習上、特徴的な鎧を着る事で身分証明にしてる側面はあるんだからさ
しかも平家物語通りにストーリーを進めようとすると、この後の「日ごろは何とも覚えぬ鎧が、今日は重うなつたるぞや」(意訳:今日に限って鎧がなんかズッシリ重いなあ)の下りが単なるギャグになってしまうぞ
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- 2022年03月06日 13:29
- ID:lNcNE2YU0 >>返信コメ
- >>9
前の方で誰かが言ってたけどこの時代飢饉とかあって地方の不満がかなり高まってたから、このまま天下とり続けるのは厳しかっただろうけど
ただ、清盛亡き後源氏と和睦したりして平氏は続いていたかもしれないね
西国は平家の地盤だし、安徳帝と三種の神器回収しないと頼朝の方も面倒だし
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- 2022年03月06日 13:29
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- びわを見届ける役として設定しているからしょうがないんだけど、
京都から越後に行くには美濃は通らんでしょ。
(飛騨山系を越えるか木曽を通って信濃から行く方法もあるが、
日本海側を行くのが普通なので、少し気になった)
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- 2022年03月06日 13:31
- ID:lNcNE2YU0 >>返信コメ
- >>11
夜襲は着てなくてもいいけど、名乗りの時は着ててもよかったかも
徹底的に平家との違いをわかりやすくしたかったんだろうけど
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- 2022年03月06日 13:33
- ID:lNcNE2YU0 >>返信コメ
- >>13
戦場避けたのかな?くらいにしか思わなかったけど、違うん?
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- 2022年03月06日 13:35
- ID:Gu1TjQ0k0 >>返信コメ
- ここに出てくる登場人物の殆どは悲劇的な最後迎えるからな。平家を倒したところで既にすったもんだの状態になってるし。
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- 2022年03月06日 13:37
- ID:2aMljf2t0 >>返信コメ
- 割と余談だけど、実はびわが冒頭で話を聞いた墨俣川の合戦(西暦1181年3月頃)から倶利伽羅峠の合戦(1183年6月頃)の間は2年以上経過している
その間養和の飢饉という全国的な凶作で、源氏も平家も大規模な出兵をしたくても食糧不足でそれどころでは無く、それぞれ東国と畿内・西国で地盤固めに終始していたらしい
多分お粥が薄くて云々という会話が、当時の食糧不足をほのめかしているんだろうね
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- 2022年03月06日 13:38
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- このアニメでの頼朝は、北条政子に尻を叩かれて決断するという
感じになってるのね。
頼朝の性格はともかくとして、政子はまさにそういう感じで日本史
に出てくる女性としては政治力はトップクラスで、頼朝亡きあとの
鎌倉武士団を実質引っ張っていった存在となり尼将軍とも呼ばれた。
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- 2022年03月06日 13:41
- ID:1Hx94Ojg0 >>返信コメ
- 墨俣の場所で?となったが、木下藤吉郎の墨俣一夜城伝説で把握した。
やはり教養って大事なんだな。
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- 2022年03月06日 13:44
- ID:t9i7uWjt0 >>返信コメ
- 木曽義仲は色白の美男子…
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- 2022年03月06日 13:52
- ID:UgnBSVFK0 >>返信コメ
- >>4
戦国時代のように農兵もいない、足軽という傭兵もいない
兵力になるのは家来の郎党だけ
となると失った兵力の回復もなかなか大変だったろうなぁ
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- 2022年03月06日 13:58
- ID:0kuGs7XC0 >>返信コメ
- そういえばこのアニメは1クール(11話)らしいけど、2期とかもあったりするのかな。
-
- 2022年03月06日 14:01
- ID:2aMljf2t0 >>返信コメ
- >>19
当時の濃尾平野は、今でいう愛知・三重県境一帯は木曽川・長良川・揖斐川が合流してデルタ地帯を構成していたので、船無しではとても渡れたもんじゃなかった
戦国時代の終りぐらいに木曽川の流れが変わるまでは、木曽川は墨俣あたりで長良川と合流していたので(この頃は、岐阜羽島あたりは尾張国に属していたとの事)、人や馬の渡河地点としては墨俣が最適だった模様
昔の日本史地図を読んでみると、墨俣は昔は「洲股」と書かれていたらしいから、どういう地形の場所だったか字面だけで何となく想像できる
-
- 2022年03月06日 14:01
- ID:7IFkPGXh0 >>返信コメ
- >>18
承久の乱のときの「政子の演説」なんかは日本史の授業や資料集にも載ってたねえ。
「あなたたち御家人が頼朝公に受けた恩は、山よりも高く海よりも深い。それでも敵方につくというなら、この場でこの政子を斬っていきなさい!」
吾妻鏡だったか、誇張はあろうが女傑だったのだろうと思う。
-
- 2022年03月06日 14:02
- ID:UgnBSVFK0 >>返信コメ
- >>22
壇ノ浦の戦いまでやるのだとすれば二期をやる余地はないのでは?
鎌倉幕府以降(義経追討とか承久の乱とか)まで描くならもうそれは「平家物語」ではなくなるし
-
- 2022年03月06日 14:04
- ID:51pQFd.X0 >>返信コメ
- 「行かぬ」
「まぁ…旅は楽しいですのに。では母上と2人で参りましょうか」
「ん…我も行く」
ここのやり取りが、かわいい盛りのお孫さんとそれをあやすおばあちゃんそのもので好きなんだけど
それを取り巻く状況を思うと辛くなる
-
- 2022年03月06日 14:04
- ID:lNcNE2YU0 >>返信コメ
- >>18
浮気がばれて、相手方の家ぶっ潰しに行ってるしな(うわなりうち)
東国は当時男女関係なく平等相続だから後ろ盾が少ない頼朝からすれば頭上がらないだろうし
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- 2022年03月06日 14:05
- ID:TUJ6cckm0 >>返信コメ
- 持統天皇と北条正子、この2名は
ガチで政治力を持ち功績も大きい女傑。
共通点は、夫も超有名人で政治力が高く、
夫の死後に手腕を発揮したこと。
やっぱ夫婦は影響しあうんだねえ。
-
- 2022年03月06日 14:07
- ID:yrN18zLA0 >>返信コメ
- >>1
粗暴な武士で招かれた客に出された食事でドン引きされたって逸話を聞いたことがある
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- 2022年03月06日 14:09
- ID:WAApZgoG0 >>返信コメ
- 平家物語は史記を元ネタにしたっぽい描写も多いけど、倶利伽羅峠の人馬崖崩れは項羽の新安捕虜生き埋めを意識したのかな。
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- 2022年03月06日 14:10
- ID:7IFkPGXh0 >>返信コメ
- 『親落とせば子も落とし、兄落とせば弟も続く。主落とせば家の子・郎党落としけり。馬には人、人には馬、落ち重なり、落ち重なり、さばかり深き谷ひとつ、平家の勢七万余騎でぞ埋めたりける。巌泉血を流し、屍骸丘をなせり』
凄い表現よね、これ。今でも平家軍が転落した崖にはこれゆえに「地獄谷」という地名が残っているというし。合戦の直後ならまさに死体の山だったろうし、時間が経っても今度は白骨が山のように残るわけでな…。
平維盛と鳥に関わる描写で「富士川の合戦の伏線だ」と認識した人はかなりいたと思う。
だが同時に本作ではその後、宇治川での橋合戦で園城寺側に橋板を外され、川へ落ちていった自軍200騎を見てしまって維盛がトラウマを抱えてしまう姿も描かれている。
今から思えば鳥だけではなく、この「転落していく自軍」というのも伏線だったのだろうと思う。
しかも橋合戦とは損害の規模が段違いだからなあ。
-
- 2022年03月06日 14:11
- ID:yrN18zLA0 >>返信コメ
- >>24
どっちに付くかであたふたしていたところにこんな発破をかけられたら
そりゃあ鎌倉側に付くって思うわ
-
- 2022年03月06日 14:12
- ID:GQHTsPyI0 >>返信コメ
- 清盛ファミリー「最後に一目息子に会わせて」「もう戦は嫌だ死にたい」「戦場でも笛は手放せません」「今生の別にこの一首を師に捧げます」
頼朝一族「頼光様が鬼なら儂は鵺退治じゃあ」「3人まとめて撃ち抜いちゃる!」「逆らう奴は叔父貴だろうと容赦しねぇ!」「これが都か、野郎ども好きにしていいぞ!」「水夫は非戦闘員?あーあー聞こえなーい」
-
- 2022年03月06日 14:13
- ID:7IFkPGXh0 >>返信コメ
- >>22
さすがに無理だろう。平家滅亡するのだし。
ただ今年は「鎌倉殿の13人」がその続く歴史を描くことになるんじゃないか。
-
- 2022年03月06日 14:15
- ID:WAApZgoG0 >>返信コメ
- >>28
何気に夫より、実家の利益を優先したところも。
-
- 2022年03月06日 14:16
- ID:WAApZgoG0 >>返信コメ
- >>22
映画の犬王に続く何かをほのめかすラストかも。
-
- 2022年03月06日 14:19
- ID:yrN18zLA0 >>返信コメ
- >>4
実際の数が10分の1でも1万人なら3分の2が死んだか
これだけの兵力を失ったら平家の影響力も地に落ちるか
都落ちでも後白河法皇を確保できなかったのも痛い
後白河法皇がいればもう少し粘れたかもしれないのに
びわは京に戻っても平家はいなくなった後だから後白河法皇を頼るのかな
-
- 2022年03月06日 14:20
- ID:mBZzv2Rp0 >>返信コメ
- >>22
「物語シリーズ」として別物語を始めればあるいは…?
(2期じゃないけど、『平家物語 犬王の巻』は同じくサイエンスSARUが映画『犬王』として製作して今年9月に公開予定)
-
- 2022年03月06日 14:21
- ID:sXA5V4kt0 >>返信コメ
- >>5
あそこで源氏の勝利が確定したのは間違いないけど、平素から都の寺社仏閣と仲良くしてなかったのと、後白河にまんまと雲隠れされてしまったのが痛すぎるんだよな
都の寺社仏閣から印象悪い=全国の寺社仏閣からも「平家は神仏を大切にしない輩共だ!」って認識になってどこに逃げても源氏側に付かれて敵対されるし、後白河とのパイプが切れたのも実質公家の後ろ盾無くなったのと同義だったもんな
そして、びわのピンチから颯爽とヒロイックに現れた美女があの静御前って事はとうとうあの義経公が出張って来るんだろうな
義経、頼朝が話に出てくるとなるといよいよ平家の破滅も近いのが悲しいな
びわだけ年取らないのは語り部としての立ち位置故のものなのかもね
義経の元に匿われたらもう身の安全は確保出来たも同然だけど、最前線で破竹の勢いで戦う義経とその兵士達に平家が徹底的に蹂躙されるのを源氏側から見続けにゃならんのと、実の兄と源氏一門から追われて討ち取られる義経の悲惨な最期も目の当たりにせにゃいかんくなるのかと思うとしんどすぎるな…
-
- 2022年03月06日 14:22
- ID:yrN18zLA0 >>返信コメ
- >>35
北条家が執権にならなかったら鎌倉幕府は早々に滅んでいたよな
個人的には天皇(最高権力者)の代理の征夷大将軍(主家)の補佐が権力を握るって構造は不可思議な感じがするが
-
- 2022年03月06日 14:26
- ID:yrN18zLA0 >>返信コメ
- >>5
義仲が礼儀に則って名乗りを上げた後に奇襲されたらな
油断した所を突かれたのが痛い
しかもこの後には源義経が来ると
悪夢でしかない
-
- 2022年03月06日 14:28
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- ここで後白河法皇を確保できず逃げられたのは結果的に致命傷となった。
このあと、当然のように源氏(しかも義仲、頼朝を天秤にかけて)
に味方して平家追悼の院宣を出したりしている。
後白河法皇が連れ去られた状態なら、残りの皇族はロクに政治力を
発揮できなかったので、平家の運命も変わっていたのではと思わせる
失策だった。
-
- 2022年03月06日 14:31
- ID:hdL5JBXf0 >>返信コメ
- >>15
軍隊が動いているのだから避けたのかもしれないし
真っ直ぐに向かわず琵琶営業?しながら日銭を稼いであちこち廻っていたからかもしれないし
要は母親を探して越後に行って、そこで義仲の話を聞くのが大事な役割なんだから、そこまでの過程は気にしなくていいんじゃないかな?
-
- 2022年03月06日 14:32
- ID:PVYAWh1R0 >>返信コメ
- 祇王が亡くなったとされるのが1172年ですからもう10年以上経っているんですよね
また作中で「力を使うより頭を使うほうが好き」と言っている資盛ですが、都落ちの際独自に動いて後白河法皇に重盛の一族を庇護してもらおうとしていたという話もあり(結局断られて一門に合流した)、それが事実なら平家の行末を見抜き家族が生き残るための方法を画策していた、本当に頭のいいしっかりした青年に成長していたのでしょうね
-
- 2022年03月06日 14:33
- ID:lNcNE2YU0 >>返信コメ
- >>29
京風って見た目も整ってるものが多いしね
後の戦国三桀の食事見てると面白くて
信長が田舎風の味付け濃いめ、秀吉が京風と豪勢さみたいなもの、家康が健康食になってる
義仲は信長みたいなものだしたのかなあ?と思う
-
- 2022年03月06日 14:39
- ID:GHLffifA0 >>返信コメ
- 「びわ殿と同じ目の色をした女の人に会ったことがあると」
ごめんなさい。ここ、唐突に感じてしまった。
いままでの話の流れで何か見落としてるところあったか、教えて下さい
-
- 2022年03月06日 14:39
- ID:UgnBSVFK0 >>返信コメ
- >>40
不可思議というか、割と日本伝統の権力スタイルじゃない?
神輿のトップと実務の次席って。
天皇と摂政、関白だったり、将軍と執権だったり、将軍と老中だったり
あんまり専制政治が行われないのが日本という国なイメージ
-
- 2022年03月06日 14:40
- ID:yrN18zLA0 >>返信コメ
- >>16
平家だけじゃなく源氏も悲惨な最期なのはな
栄華を極めることは破滅への道なのか
-
- 2022年03月06日 14:43
- ID:DqunJVt40 >>返信コメ
- ごめん、ついつい麻呂眉猫に目が…
-
- 2022年03月06日 14:46
- ID:hdL5JBXf0 >>返信コメ
- 最後の人はやっぱり静御前なのか
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- 2022年03月06日 14:48
- ID:Gu1TjQ0k0 >>返信コメ
- まだ苦しみたいか。いつかやがていつかはとそんな甘い毒に踊らされ一体どれほどの時を戦い続けてきた。
-
- 2022年03月06日 14:48
- ID:0ws4TMnF0 >>返信コメ
- >>9
少なくとも以仁王の乱や後白河法王が幽閉されて源氏に院宣を下すような事態は避けられた(起きてもかなり後になる)と考えることはできるだろうね
-
- 2022年03月06日 14:51
- ID:2aMljf2t0 >>返信コメ
- >>45
肉体労働系は体力使うからガッツリ食うし、汗を流すので塩分も多めに摂ろうとするからね
やっぱり人間、体格や運動量に応じた食事をとるのが最適解なんじゃないかな(信長の話はノブがまだ30歳代でバリバリ働いてた頃の事だし、この後起きる義仲と猫間中納言の話も同様、義仲はアレでまだ30そこそこ)
-
- 2022年03月06日 14:52
- ID:7IFkPGXh0 >>返信コメ
- >>3
いま調べたけど、あれは平家物語ではなく「源平盛衰記」に書いてあるみたい
これは知らなかったなぁ。平家物語に書いてあると思ってたよ。
-
- 2022年03月06日 14:53
- ID:0ws4TMnF0 >>返信コメ
- >>42
せめて宮様たちを連れ出せれば法皇が強引に天皇をたてることもなかったと思ったけど義仲が北陸宮をたてるだろうからあんまり変わらんか
-
- 2022年03月06日 14:53
- ID:MupFQ2ze0 >>返信コメ
- 猫、元は輸入動物だから数が多くなくて珍しかったんだよね!
現代みたいにみんなが笛や弦楽器に触れられる(所有できた)わけじゃない上、びわは幼少期から国内最高峰の芸術教養に触れて育ってきたという、何気にすごいスキル&ステータス持ってるんだよな そりゃストリート演奏でもくいっぱぐれなかろうて…
越後を聞いたことがないの、そりゃそうだよな~普通の市民は山向こうの事なんか関係ないもんな 江戸時代すら自分の暮らす村・町から出ずに死ぬ人がいたそうだし
-
- 2022年03月06日 14:56
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- >>46
2話で祇王がびわと会った際に、左右の目の色が違う白拍子の話を
聞いたことがあり、子供が開いたにも関わらず貴族に無理矢理
連れて行かれたとびわに語っている。
-
- 2022年03月06日 14:57
- ID:h8ysnoV.0 >>返信コメ
- まとめの中でも触れられてるけど安徳帝の中の人の演技すごいね
普通に子供が声やってるのかと思ってた
-
- 2022年03月06日 14:57
- ID:kWgTpjbM0 >>返信コメ
- ろくに決断も下せず、日々宴三昧の宗盛。
平家の棟梁がこんなザマじゃあ…ねェ…orz
-
- 2022年03月06日 14:58
- ID:0ws4TMnF0 >>返信コメ
- >>44
日頃から後白河法皇に取り入っていた頼盛さんは見事に都落ちから一抜けできたんだけどねぇ(まあ「義仲と比叡山を迎え撃て」って言われて山科にいたら宗盛がなんも言わずに逃げ出してて取り残されたとかいう側面もあるけど)
-
- 2022年03月06日 14:59
- ID:GQHTsPyI0 >>返信コメ
- 江戸時代どころか大正から昭和初期の東京下町でも、特に女子供は自分の町内から一歩も出ずに暮らすのが普通だったと池波正太郎が書いている
彼の母親は晩年までどんなに誘っても絶対に箱根の山を越えようとはしなかったとか
-
- 2022年03月06日 15:15
- ID:WAApZgoG0 >>返信コメ
- >>59
ドイツ軍人「飲んどる場合かぁーっ!」
-
- 2022年03月06日 15:33
- ID:6Jc0N1DI0 >>返信コメ
- >>2
故人的に母親は新キャラじゃなくて
すでに登場してるキャラな気がする
-
- 2022年03月06日 15:34
- ID:6Jc0N1DI0 >>返信コメ
- >>54
いろいろあるけど
10万vs3千で勝ったの凄えよな
負けた方ヤバいな
-
- 2022年03月06日 15:36
- ID:6Jc0N1DI0 >>返信コメ
- >>20
ラスト自害しようとして寺に行く途中
薄氷はってる田んぼに気づかず
ハマってしまって雑兵に首をとられた
くらいしか知らない
-
- 2022年03月06日 15:38
- ID:6Jc0N1DI0 >>返信コメ
- 敦盛さん好戦的すぎないか?
だんだん清盛になってきてる
-
- 2022年03月06日 15:40
- ID:6Jc0N1DI0 >>返信コメ
- >>42
この人捕まって幽閉される事に
定評がありすぎるな
勢力が変わるたびに捕まってる
-
- 2022年03月06日 15:43
- ID:6Jc0N1DI0 >>返信コメ
- >>18
今の大河の北条政子やってる人が
巴御前もやってた気がする
-
- 2022年03月06日 15:47
- ID:GHLffifA0 >>返信コメ
- >>57
ありがとうございます。
勉強しなおしてまいります
-
- 2022年03月06日 15:52
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- アニメ内で維盛は平地に出た方が戦いやすいと言ってたが、
実は史実では先鋒が一旦越中の平野部まで出ていたが義仲軍に
破れて撤退し再編成していた状態。
それならば、一旦加賀平野まで引いて待ち構えた上で兵の多さを
生かして戦った方が良かったと思うが、維盛の心理状態では
そこまで引けなかったんだろうなあ。
-
- 2022年03月06日 15:55
- ID:RyYXci7K0 >>返信コメ
- >>9
西の平家、東(関東)の源氏、陸奥の藤原氏で三国志みたいな感じになってたんじゃって、誰かが言ってたな。
-
- 2022年03月06日 15:57
- ID:uT9jyxpG0 >>返信コメ
- 次回、いよいよ一ノ谷の戦いか
平家物語一番の見せ場だ
そして・・・
-
- 2022年03月06日 15:57
- ID:J86K5AXx0 >>返信コメ
- >>56
江戸時代どころか、明治の中頃までは
人口の約6割が「自分の生まれた土地」から離れたことが無かったそうで
行商や流れ者(罪人崩れとか)以外で自由に街や県を行き来していたのはほとんどが「軍人」だった
-
- 2022年03月06日 16:02
- ID:tot8V1l70 >>返信コメ
- 笛に手を出すな、分かったか!
-
- 2022年03月06日 16:02
- ID:w.flJkvp0 >>返信コメ
- 自分は巴御前好きなので今回の話楽しみにしてたけど、それ以上に安徳天皇の幼さ可愛さに胸締め付けられる思いがした。他も平家側の主要キャラはほとんどが悲しい最期を迎えるのだろうし。
それにしても、維盛大活躍した戦いはセリフでの説明のみで惨敗は割りとしっかり描かれて不憫だな。
-
- 2022年03月06日 16:02
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- やはり上に立つ人は、素質が無いと悲惨だよな。(平氏も源氏も)
北条政子は、後に尼将軍と揶揄されるくらいにカリスマを発揮するんだよなぁと見ていて思い出した。
巴御前も静御前もある意味恋に生きた女性ってイメージがある。
だいたいどの作品も巴御前、静御前は美人描写されていて安心して見ていられる。
-
- 2022年03月06日 16:04
- ID:2aMljf2t0 >>返信コメ
- >>47
特に日本史上の政治体制って、制度が固まってくるとトップ(天皇、征夷大将軍など)は書類仕事や儀礼的な行事が増えて政策的な事を考えてる暇が減っていって、ナンバー2以下にそれらの立案が任されていくんだろうね
当時の天皇が早めに息子に譲位して上皇になるのも、「今の天皇に確とした後見がいる」という体裁を作って皇位を安定化させたいのと、煩わしい形式的な仕事を息子に任せて、本来やりたい事をやる時間を増やしたいという複数の意味があったんじゃないかな
-
- 2022年03月06日 16:08
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>73
江戸時代までは、居住地から出るには許可証を貰わないと罪に問われて、農民だと簡単に命を取られるからね。
武士階級になると脱藩となり、大罪。
-
- 2022年03月06日 16:09
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>73
ちなみに江戸時代でもお伊勢参りとか旅行ブームがあったのはご存知かな
-
- 2022年03月06日 16:13
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>61
伊勢参りとか江戸時代にはブームになって結構な旅行客(男女)いたんだけどね
東海道中膝栗毛とか旅行記も江戸時代には庶民に人気本として売れてる。
-
- 2022年03月06日 16:16
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>45
信長は、徳川饗応で明智光秀にケチつけてるからなぁ
-
- 2022年03月06日 16:18
- ID:h8ysnoV.0 >>返信コメ
- お伊勢参りも予算とかの関係で誰も彼も行けたわけじゃないけどね
講を作ってみんなでお金出し合って代表者だけに行ってもらったりしてた
-
- 2022年03月06日 16:18
- ID:tNm2bkpa0 >>返信コメ
- びわって今でも男の子としてふるまっているのかな
-
- 2022年03月06日 16:21
- ID:PVYAWh1R0 >>返信コメ
- >>71
実は頼朝は1181年の8月の時点で後白河法皇に東日本=源氏、西日本=平氏に分けて治安を維持(統治)しようという提案をしていて、宗盛に拒否されているんですよね(理由:清盛の遺言)
これが重盛であったら清盛の遺言があろうが頼朝(後白河法皇)の提案にのり、源氏との戦いがない間に飢饉からの建て直しをはかったのではないかと言われています
-
- 2022年03月06日 16:21
- ID:2aMljf2t0 >>返信コメ
- 木曽一党も登場した事で、公式HPのトップの集合絵のキャラもだいぶ出揃った感じがあるね
左上から平重盛とその兄弟達、その隣にびわ、その下に維盛とその兄弟世代、その右に清盛・時子夫妻と徳子・安徳天皇、その右にたたずむ高倉天皇と敦盛、
そのまた右に頼朝と政子、右上端は木曽一党、右下に静御前とその仲間達という事は彼女たちと話しているのは義経と弁慶でほぼ確定、左下は後白河法皇、すると一番左下にいるのがびわの両親って事に・・・?
-
- 2022年03月06日 16:24
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>82
だから旅行なんかしてないと言いたいのかな?
-
- 2022年03月06日 16:28
- ID:KVMCpIFm0 >>返信コメ
- >>47
名目トップと実務役を分けるのは普通だけど、
「お飾り(天皇)の、代理(将軍)の、代理(執権)」が最高権力者、まで来るともうワケワカメ
ってのを>>40は言っているのでは。
-
- 2022年03月06日 16:33
- ID:6L7mkWUD0 >>返信コメ
- >>22
軍記物語シリーズということで「太平記」のアニメ化をですね
-
- 2022年03月06日 16:33
- ID:3M9Cx4tg0 >>返信コメ
- 頼朝って義経と合流後は
実の弟と義経に戦は全て任せて鎌倉で
地盤を固めて幕府建設の準備してたって
聞いてたけどちゃんと戦ってたんだな
-
- 2022年03月06日 16:37
- ID:KVMCpIFm0 >>返信コメ
- >>66
敦盛のは、若さゆえの向こう見ずな強気だと思う。
いろいろ知ってる大人よりも、中学生くらいの少年兵の方がやたら血気盛んな感じ。
-
- 2022年03月06日 16:43
- ID:lNcNE2YU0 >>返信コメ
- >>48
一応、平家は重盛失ったことがでかいし、源氏頼朝はまだ自分の権力基盤が整う前に落馬で死んでる(幕府自体の基盤はできてる)
この後だと北条は息子が現場で大将任せられるくらいだし、足利も30代の息子がいる
徳川は秀忠がもう後継ぎに申し分ない年だし
逆に息子まとめてしんだ信長や、息子が幼い秀吉はダメだったのよね
-
- 2022年03月06日 16:43
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>89
頼朝は頭領としてのお仕事が主になっていってる時期でもあるから、義経ほどに目立つ戦はしてないけど、ちゃんと戦場で指揮をとったりしてるから、第じ
-
- 2022年03月06日 16:43
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>89
頼朝は頭領としてのお仕事が主になっていってる時期でもあるから、義経ほどに目立つ戦はしてないけど、ちゃんと戦場で指揮をとったりしてるから、大丈夫。
-
- 2022年03月06日 16:44
- ID:2aMljf2t0 >>返信コメ
- >>79 >>80 >>82
江戸時代にお伊勢参りが何度か流行していた(いわゆる“御蔭参り”)のも、何年も働いて旅費を貯めたり、村や町で誰か一人か二人送り出すための基金を作ったりで、一人が何度も行けるようなものではなかったみたい
当時は他藩への出入りも許可制で制限がきつかったけど、「お伊勢参りのため」という理由なら許可も下りやすかったので、「一生に一度ぐらいは長期間旅行して思いっきり羽を伸ばしたい!」という庶民の願望がわっと噴出したのが御蔭参りの流行につながったらしい
(多分、お金もないだろうに二度も三度もお伊勢参りに行こうとしたら役人に怪しまれると思う)
気分的にはイスラム教徒がメッカへの巡礼に憧れるようなものに近かったのかも(あっちも一生に一度は、ってレベルの行事)
-
- 2022年03月06日 16:45
- ID:H2Pa7b1y0 >>返信コメ
- >>45
源氏「食べ物など味噌が効いて腹に溜まればよいのだ」
-
- 2022年03月06日 16:47
- ID:KVMCpIFm0 >>返信コメ
- >>61 >>73
昭和中期でも、明治生まれの山間いのお婆ちゃんなんかは
生まれ育った同じ村の男と結婚して、谷沿い数kmの集落から出ることなく一生を終えた
みたいな人はちょこちょこ居た。
-
- 2022年03月06日 16:48
- ID:W5N5XQjA0 >>返信コメ
- >>4
斉の田単は名将だよなあ。
そういえば海音寺潮五郎も武将列伝「木曾義仲」で触れてたな、倶利伽羅峠の火牛の計はフィクションだと(平家物語にも火牛の計があると勘違いされてたけど)
何で盛衰記の作者はそのまま転用しなかったのかと疑問を呈されてたw
-
- 2022年03月06日 16:56
- ID:h8ysnoV.0 >>返信コメ
- >>86
日本語読むの苦手か?
-
- 2022年03月06日 17:09
- ID:WAApZgoG0 >>返信コメ
- >>87
更に執権体制が確立すると執権まで象徴化して実権を失うという。
-
- 2022年03月06日 17:11
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>96
だから全員がそうですと言い切れないよね
-
- 2022年03月06日 17:11
- ID:QOMBy71e0 >>返信コメ
- 宴会してる場合じゃねー!
-
- 2022年03月06日 17:17
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- >>87
このあと、更に征夷大将軍すらお飾りになるからね。
歴史に詳しくない人は知らない人もいると思うけど、源実朝が死に
源氏の直系がいなくなっても征夷大将軍は京都から親王などを迎え
宮将軍として、鎌倉幕府滅亡まで存続していた。
-
- 2022年03月06日 17:19
- ID:WAApZgoG0 >>返信コメ
- >>97
田単が真に名将なのは戦術もだが、敵の燕軍が強いのは指揮官の楽毅が名将だからと見抜いて、燕王が疑って失脚するように仕向けたことだと思う。
先代燕王が死んで楽毅と仲の良くない太子が即位した時期的なタイミングの良さもあったけど。
-
- 2022年03月06日 17:19
- ID:LGvJxHYZ0 >>返信コメ
- >>94
多分江戸期の関東だったら、割と気軽に相模大山、鎌倉、(神奈川の)金沢の旅行はやってたと思う。
ガイドブックも沢山あったようだし。
江戸から金沢への船便も人気あったみたい。
-
- 2022年03月06日 17:24
- ID:8eYi08IT0 >>返信コメ
- 一の谷をやるってことは次回Aパートで義仲退場?
-
- 2022年03月06日 17:28
- ID:WAApZgoG0 >>返信コメ
- >>56
『枕草子』とかだと女房たちが室内で繋いで飼ってるんだっけ。
-
- 2022年03月06日 17:28
- ID:Rzt5Bd.h0 >>返信コメ
- >>86
数年に一度のくじびきに当たった奴は旅行に行けた
くじが当たらない奴がほとんどだから多くは地元から
一度も出ずに一生を終えた、それだけの話
-
- 2022年03月06日 17:33
- ID:ug0AEwZj0 >>返信コメ
- >>9
平家の世が続いたかはわからんけど一族の滅びだけは避けられたと思う。重盛なら朝廷と融和路線なのと源氏とは何処かのタイミングで和睦したと思う。なので規模は縮小しても一つの武士の一族として存続したのでは。
-
- 2022年03月06日 17:46
- ID:otvqKfqB0 >>返信コメ
- >>11
「鎧もつけずにしかもあんな高い所から名乗りを上げるとはまさに山猿w」と、平家方に侮らせて油断させる意味合いもあったのではないかと考察します。
鎧を着けて名乗りを上げたら「田舎節とは言えさすがに源氏の武者、一廉の人物か」と油断せず警戒されて夜襲もフイになるかもしれませんし。
-
- 2022年03月06日 17:48
- ID:otvqKfqB0 >>返信コメ
- >>109
自コメに訂正
節→×
武士→〇
-
- 2022年03月06日 17:51
- ID:LdSjokWq0 >>返信コメ
- >>94
大ブームは60年周期だったから、やはり一生に一度行けるかどうかだろうし、一向宗強かったり地理的に不便なところは行かないだろうしな
現在でも、比較的行きやすいアジアやハワイ・グアム以外の海外旅行は皆が行く感じでないし
-
- 2022年03月06日 17:59
- ID:7IFkPGXh0 >>返信コメ
- >>66
「敦盛の最期」で、海上の船に逃げようとするとき、熊谷次郎直実に「敵に背を向けるのか、お戻りなされ」と呼び止められた末に討ち取られるのよね。
勇ましいセリフを自分で言ってきた手前、挑発されて逃げるわけにはいかない――という心理を浮かび上がらせるための描き方かもしれない。
-
- 2022年03月06日 18:22
- ID:wtcHXE5G0 >>返信コメ
- なんで滅んだの?→いろいろあるけど最終的には人材不足、という結末にしかならないのが辛い。
-
- 2022年03月06日 18:27
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- >>99
得宗制ですな、
北条家嫡流である得宗家に権力が集中し、傍流の人間が執権に
なっても得宗家の方が立場が強いという状態。
更に北条高時のように政治に興味がない人間が得宗になると
寄合衆が全てを仕切るというグダグダの状態。
-
- 2022年03月06日 18:31
- ID:zK7KPmVl0 >>返信コメ
- >>85
公式HPのトップの集合絵は、みやびな感じが溢れてますね
時の流れみたいな白髪の中で繰り広げられる人間ドラマ?
集合絵キャラの特定にも挑戦したけど途中で脱落しました
-
- 2022年03月06日 18:39
- ID:H1kwLl8T0 >>返信コメ
- シャガ(ハイキングでしけた場所でよく見かける不気味な花)に似た花が出て来たが何の意味だろう。
-
- 2022年03月06日 18:41
- ID:FP6mwTZB0 >>返信コメ
- 平安とは名ばかりの酷い時代だったわけだな。創作物だけど、シャーマンキングのハオとか陰陽大戦記のウツホとか平安時代をモチーフにしたキャラって揃いも揃って道を踏み外してるし。
-
- 2022年03月06日 18:55
- ID:H1kwLl8T0 >>返信コメ
- 義仲、素顔のままで伊之助みたいな顔
-
- 2022年03月06日 19:00
- ID:nsLdDiLL0 >>返信コメ
- >>29
あ〜だからか~
某FGOの巴さんも料理はねぇ
-
- 2022年03月06日 19:10
- ID:mBMwKwhq0 >>返信コメ
- みんな一気に老けたね
たんに身なりに気を使えなくなって歳を取ったように見えてるだけかもしれないけど
-
- 2022年03月06日 19:15
- ID:WQCQcY0r0 >>返信コメ
- >>96
うちの地域ではお正月に挨拶の親戚巡りがあり、特に昔は女性の実家への豪華な豪華な正月の挨拶がステータスだったり、お彼岸にぼた餅配って親戚巡りしたりの話を聞いたので、
馬だってろくに利用できない時代はどうしてたのだろうと思っていたけど、そもそも近場で結婚するものだったのか
-
- 2022年03月06日 19:24
- ID:rLaCRiII0 >>返信コメ
- >>105
そりゃそうでしょうね。
-
- 2022年03月06日 19:36
- ID:USCbfxrz0 >>返信コメ
- 白髪の女琵琶法師は成長したびわと見せかけて実はびわの母親の可能性ある?
-
- 2022年03月06日 19:38
- ID:m.aGtxt70 >>返信コメ
- これ、予定が狂わなければ最終が壇ノ浦の日でOK?
-
- 2022年03月06日 19:39
- ID:L4wHzi8D0 >>返信コメ
- >>6
背景が暗かったから、火牛の計というより、野生児・義仲が馬でなく牛を乗り回してヒャッハーしてるようにも見えたな。
-
- 2022年03月06日 19:42
- ID:dN.oCUVw0 >>返信コメ
- >>68
大河の「義経」で巴御前やってたよね。小池栄子さんは強い女性のイメージあるね。
-
- 2022年03月06日 19:45
- ID:d.s.AZ.40 >>返信コメ
- 越後の寺のモデルは国東半島の富貴寺だな
まさにこの時代、平安時代末期に築かれたお堂が今も残ってるんだ
-
- 2022年03月06日 19:52
- ID:oosn4Gd00 >>返信コメ
- 俺の地元の市内に、木曽義仲の子供が家来と共に落ち延びたって離島があるわ
その後すぐに義仲の子供は死んだみたいだけど
-
- 2022年03月06日 19:52
- ID:auViq2JS0 >>返信コメ
- >>45
信長のシェフって漫画では
信長は鍛錬で体を動かしてるから
塩分多めの食事のが好みってなってたな
-
- 2022年03月06日 19:57
- ID:INdEg39u0 >>返信コメ
- >>123
その場合、重盛が亡くなるシーンで泣く理由がない。
-
- 2022年03月06日 20:01
- ID:RlqRKgOq0 >>返信コメ
- びわと源氏の接触を1話の再現でやって「つづく」にしたの巧いなーと思った。
次回、びわの見るだろう源氏組の描写がめっちゃ楽しみ
-
- 2022年03月06日 20:03
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>121
歩いて移動だよ
作中でもビワは徒歩移動してる
-
- 2022年03月06日 20:05
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>98
こいつ日本語理解できてねーなw
まさか文字列が読めればいいとでもw
-
- 2022年03月06日 20:06
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>111
そういう根拠の全くない数字に意味があるのか?
-
- 2022年03月06日 20:06
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>105
まあ、物語的には
-
- 2022年03月06日 20:07
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>124
NG
-
- 2022年03月06日 20:11
- ID:X.wPNJHA0 >>返信コメ
- >>61を読んで落語家の古今亭志ん朝と父親&師匠の古今亭志ん生の会話を思い出した。
志ん朝「じゃあ(仕事に)行ってくるよ」
志ん生「おう、今日はどこだい?」
志ん朝「大阪だよ」
志ん生「気をつけろよ。箱根から先は俺の縄張りじゃねえからなw」
この会話があったのは志ん朝の真打昇進(昭和37年)直後の話らしいけど、江戸っ子の志ん生(当時72歳)にとっては箱根を越えたらアウェーだったんだな
-
- 2022年03月06日 20:12
- ID:7IFkPGXh0 >>返信コメ
- >>124
先行配信の方では
9話「平家流るる」
10話「壇ノ浦」
11話「諸行無常」
という順になっておる。
関東だと最終話「諸行無常」は3月24日未明に放送予定。
壇ノ浦の戦いは寿永4年3月24日。
旧暦新暦の違いはあるが、見事に合わせてきたな。
-
- 2022年03月06日 20:14
- ID:KVMCpIFm0 >>返信コメ
- >>67
何回も幽閉されるということは、逆に言えば
その度にひょっこりまた影響力を行使できる立場に舞い戻っていた、
という事でもあるけどな。
飄々と、なかなかに食えない。
-
- 2022年03月06日 20:17
- ID:ccOo9OTT0 >>返信コメ
- 平安京から遷都してないから今も首都は京都
という意見もあるようだけど
徳子「いいえ。帝がいらっしゃる所が都よ」
に乗っ取るとやはり首都は東京だよな
まあ皇居は形式上は別荘みたいなもんらしいけど
-
- 2022年03月06日 20:22
- ID:KVMCpIFm0 >>返信コメ
- >>11
源平双方で既に何人も武士が出てきて、誰が誰だか混乱し始めている視聴者もいるし
「山奥育ちの野生児」という分かりやすいキャラ付けを前面に押し出してるんじゃないだろうか?
五智院の但馬なんかも、鎧を着けてないのは歌詞の通りなので良いとして
何故か僧兵の装束すら纏っていない、半裸の豪傑になっていたし。
-
- 2022年03月06日 20:26
- ID:WAApZgoG0 >>返信コメ
- >>90
少年十字軍みたいなもんか。
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- 2022年03月06日 20:28
- ID:Y9PxmcRx0 >>返信コメ
- >>49
かわいいからしょうがないわ。子供達がこれが猫かと言ってたけど、そんなに珍しい生き物なのか?
-
- 2022年03月06日 20:29
- ID:q5Z67pZI0 >>返信コメ
- 下関の壇ノ浦で平家は滅んだと史実ではあるが、アニメではあえて平家はわずかばかし生き残ってこっそり生き延びたってオチにしたりして?
柴田亜美先生のカミヨミでも、安徳天皇と一緒に海に没したと思われた徳子だけが、近くの海岸に打ち上げられて生き延びたって説もやった程だから。
-
- 2022年03月06日 20:29
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>137
そらぁ、関西の縄張りだからだw
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- 2022年03月06日 20:32
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>144
平家物語は、壇ノ浦後も書かれてるのでアニメでもちゃんとそこまでやるぞ
-
- 2022年03月06日 20:32
- ID:Y9PxmcRx0 >>返信コメ
- >>101
我は宴会大好き平家!!
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- 2022年03月06日 20:33
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>142
全員奴隷にされて売ろ飛ばされるアレか
-
- 2022年03月06日 20:33
- ID:k8tnWA4M0 >>返信コメ
- >>142
全員奴隷にされて売り飛ばされるアレか
-
- 2022年03月06日 20:39
- ID:WAApZgoG0 >>返信コメ
- >>67
高倉院が生きてれば、消して高倉院に院政を敷いてもらうという選択肢もあったかも知れないが。
-
- 2022年03月06日 20:39
- ID:Y9PxmcRx0 >>返信コメ
- 3年放置してればそりゃ蜘蛛の巣やホコリだらけだわな。化け物出そう、そうしたら退治です。手伝ってください!って言って明るくなってたけど、庶民からしたら腹の立つ会話だろうな。
-
- 2022年03月06日 20:42
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- >>134
根拠はあるよ、
伊勢神宮の御遷宮のあった翌年は神徳に浴することが特に多い
として参拝者が急増するのが約60年に1回。
だから、この年を
御蔭年
-
- 2022年03月06日 20:43
- ID:WAApZgoG0 >>返信コメ
- 維盛頑張ってるけど、悲しいほど軍事的な才能とツキがないな。
-
- 2022年03月06日 20:44
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- 御蔭年といて伊勢神宮参拝のブームとなった。
-
- 2022年03月06日 20:46
- ID:RlqRKgOq0 >>返信コメ
- 猫の描写、表情とかめっちゃかわいい
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- 2022年03月06日 20:46
- ID:VrhLl1Vj0 >>返信コメ
- 既に鎌倉時代を生きている源氏と、未だ平安時代に生きている平家の対比が残酷
院政期の初期くらいまでは、曲水の宴をしている間に地方の動乱なんかうやむやになっていたのだろうけど、この頃はそうではなかった
-
- 2022年03月06日 20:50
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- >>140
現在はなし崩し的に首都が東京になっていて、明文法で定義
されていないんだよな。
明治時代に反対意見も多かったから明確にしないままの状態で
今まで来ている。
-
- 2022年03月06日 20:55
- ID:KVMCpIFm0 >>返信コメ
- >>99
内管領「北条家の執事です。執権である主人の代理として、幕政を仕切らせてもらっています」
-
- 2022年03月06日 21:09
- ID:nIupiPiU0 >>返信コメ
- >>29
猫間中納言の逸話なら、食事を入れた合子(ふた付きの容器)が汚かったから食べたふりしてすぐ帰ったという話が平家物語にある
-
- 2022年03月06日 21:12
- ID:PVYAWh1R0 >>返信コメ
- >>158
結果御内人(北条家の家人)と御家人の対立を生んで鎌倉幕府滅亡の一因になるんですよね、わかります
>>143
当時猫はネズミ退治用として中国からの船に乗ってやってきたばかりの非常に珍しい存在で、貴族のペットとして飼われているものがほとんどだったんですよ
-
- 2022年03月06日 21:15
- ID:XEZUn5iA0 >>返信コメ
- 平家は一門がまとまっているが、源氏は同族で争っていると言わ
れているが、実は頼朝と義仲も仲が悪い。
この時点では一時的に同盟を結んで義仲から頼朝に人質を出して
いる状態なので、上洛する事を優先して兵を掌握する事が不十分
だったのが京での乱暴狼藉に繋がっている。
-
- 2022年03月06日 21:18
- ID:GQHTsPyI0 >>返信コメ
- >>153
リアル光源氏といわれた絶世の美男子で天下人清盛の直径の孫、幼馴染との美男美女カップルで夫婦仲も睦まじいと、現世ならおまいらが嫉妬する気も起きないほどのリア充なのにな…
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- 2022年03月06日 21:19
- ID:KVMCpIFm0 >>返信コメ
- >>121
もちろん集落またいでの縁談も ある程度の広さの通婚圏はあっただろうけど、
昭和末期でも 石投げたら当たるぐらい数個の苗字だけで形成されてるような集落って田舎には結構あったし、そんな中で、終戦直後あたりの世代までは いとこ婚はとこ婚もわりと日常茶飯事だった。
戦前のデータはよく知らんけど、戦後 昭和20年代あたりだと、地域にもよるが、いとこ婚が5~6%、いとこ半やはとこ婚なども含めた近親婚全体なら12%ぐらいあったり。離島や山奥の村だと、30%を超えていた調査もあったりする。
(ちなみに、地理的制約で通婚圏が狭い地域は、
自由交雑であっという間に村中が血縁者だらけになってしまうより、
一定ルールに基づいて少しずつ交叉いとこ婚などで縁組していく風習の方が
極端に血の濃い子孫を生じにくく合理的と云われたりする。)
-
- 2022年03月06日 21:19
- ID:GQHTsPyI0 >>返信コメ
- >>161
義仲の父ちゃんぶっ殺したのが頼朝の兄貴だし…
-
- 2022年03月06日 21:25
- ID:H2Pa7b1y0 >>返信コメ
- >>63
額に縫った跡がある重盛だな
-
- 2022年03月06日 21:30
- ID:gURRmKzI0 >>返信コメ
- そろそろ倶利伽羅峠の戦いかな?
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- 2022年03月06日 21:35
- ID:gSbkFRHF0 >>返信コメ
- >>152
それと流行に全く関連性ないよな
-
- 2022年03月06日 21:46
- ID:WAApZgoG0 >>返信コメ
- >>129
信長が濃い味が好みというのはわりと有名な話が残ってるな。将軍義昭を追放して、その料理人を織田家で雇う時のエピソードが。
-
- 2022年03月06日 21:46
- ID:KVMCpIFm0 >>返信コメ
- >>106
『源氏物語』でも、紐に繫がれた猫がかなり劇的なシーンを作ってるよね。
もういいオッサンの年齢になっていた光源氏へ 降嫁していたうら若い女三宮が、
部屋から走り出た猫の紐が引っ掛かって 御簾を捲り上げられたために
庭で蹴鞠していた青年達に顔を見られてしまう(貴婦人として有り得ない失態)。
夕霧あたりは「高い身分の女性なのに、自覚が足りず迂闊だなぁ」と冷静に対応するが、
柏木は胸ズッキュ――ン!!されてしまい、その後ただならぬ仲へ発展して
光源氏へ托卵してしまうという…。
-
- 2022年03月06日 21:57
- ID:PVYAWh1R0 >>返信コメ
- >>167
元々伊勢神宮には御師と呼ばれる神職兼旅行業者のような人物が多数いて伊勢講などの参拝の斡旋をしていたのですが、この御蔭年の時期には縁起のいい年として強力な営業をかけ、多くの旅行者を呼び込んでいたんですよ
その結果として参拝者が急増し流行のようになったんです
-
- 2022年03月06日 22:05
- ID:2aMljf2t0 >>返信コメ
- >>56の話だけど、そもそも平安時代は学校教育なんて無かったから
庶民がずっと遠くの地名を教わる機会はそうそう無いし、地名の書かれた地図を見る機会も殆ど無いだろうから
歩いて何日もかかる遠方の地名を言われてもピンとこないのはしょうがない、現代人に「サカルトヴェロのバトゥミってところを知ってますか?」と尋ねる程度には難易度が高い
あと前近代において旅行に限らず遠出が制限されていたのは、古来庶民階級が権力者に反抗する一番手っ取り早い手段が「逃げる」事だったという事情もある
税金やら兵役やらといった負担から逃れるために家も土地も一切合切捨てて領地の外に逃げて、他の土地で名前を変えて新生活を始められたりしちゃたまった物じゃない
だから目的のあやふやな旅行だの引っ越しだのは厳しく制限されていた時代というのはあったわけ、そういうのを口実に逃散するんじゃないかと思われるから
中世ヨーロッパの所謂「ジプシー」みたいな住所不定の階層(びわや白拍子みたいな流しの芸人も含む)が領主層から珍重される一面で忌避されたのも、領民に対する「逃がし屋」の役目を果たしてるんじゃないかと思われていた側面もある
まあ何が言いたいかというと、一般市民の長期旅行や遠距離の引っ越しが珍しくも無く制限もされなくなるというのは、市民の知識水準や社会の豊かさや自由度が増している指標の一つなんだよ、という事 長文御無礼いたしました
-
- 2022年03月06日 22:16
- ID:KVMCpIFm0 >>返信コメ
- >>116
このアニメ、場面の変わり目でいろんな花が出てくるけど、
短い話数の中でどんどん年月が飛ぶから
今がいつの時期か示すために描写を入れてるのかと思ってる。
大河ドラマみたいに「時は○○年○月~」的なナレーションや字幕をいちいち入れて
駆け足アニメとして進行の雰囲気を壊さないための。
-
- 2022年03月06日 22:27
- ID:xcTWV8aN0 >>返信コメ
- >>54
源平盛衰記なんて久しぶりに見たw
小学校で担任の先生が、地元の名前初めて出てくるのが源平盛衰記だって教わった
義経が平泉から鎌倉に向かう際道中増えた家来を数えたら50騎?だったって、歩兵含めたらもっといたんだろね
その中に熊谷次郎直実もいたんだろうか?なんてちょっと調べてみたけどよくわからなかったw
-
- 2022年03月06日 22:29
- ID:KVMCpIFm0 >>返信コメ
- >>123
>>85が言うように、公式HPトップの集合絵で
びわの父親に手を引かれているのが びわの母親なら、
せいぜい背中の中程の長さの結び髪で、白髪というよりグレーがかった色に見える。
尼衣?か何かっぽい地味な服装で。
というか、整った長髪で豪奢な赤い着物の弾き語りびわ?は
平家滅亡後、一体どういう身分でこのいでたちなんだろう…。
-
- 2022年03月06日 22:34
- ID:KVMCpIFm0 >>返信コメ
- >>131
原作とはまた違った描写で
木曾勢のこの先の運命を「あっ(察し)」させる要素を織り込んだ、
良い演出だと思う。
-
- 2022年03月06日 22:41
- ID:KVMCpIFm0 >>返信コメ
- >>140
>帝がいらっしゃる所が
「行宮(あんぐう)」という考え方もあるよ。
あと、単純な変換ミスかも知れないけど、一応 指摘しておくと
乗っ取る → 則る。
-
- 2022年03月06日 22:42
- ID:H1kwLl8T0 >>返信コメ
- >>172
僕なんか花見てもサクラとかアサガオとか僅かの種類しか季節感判らない(^^;
-
- 2022年03月06日 22:57
- ID:auViq2JS0 >>返信コメ
- >>174
公式で次回の話がアップロードされてるけど
9話で母のこととかわかりそうな感じだね
びわのことはアニメ見ないとわかんないから
楽しみだ
-
- 2022年03月06日 23:58
- ID:ESOPtH.80 >>返信コメ
- なるほど、今更だがびわが成長してないのは「平家物語」そのものの擬人化だからなのか
だからまだ平家物語が成立・完成してない今の時点では未成熟のまま
平家物語完成してから語りシーンやエンディングでのびわになる、と
-
- 2022年03月07日 00:26
- ID:n.OvtaAK0 >>返信コメ
- ハンニバルのカリクラ峠での火牛の計は関係ないのかね
名前が俱利伽羅峠にすっごく似てる
春秋戦国時代のがモデルとされてるけど
シルクロード通って中国のとごっちゃになって伝わった可能性も捨てがたい
-
- 2022年03月07日 00:29
- ID:286fgJ0Z0 >>返信コメ
- >清経「徳子様の所にも、びわ殿は来ておらぬのですね」
そりゃびわは平家物語の既読勢みたいなもんだからなぁ
この先の運命を知ってたら一緒にいるのが辛いのも分かる
-
- 2022年03月07日 00:33
- ID:3yiJqEyh0 >>返信コメ
- 巴御前の中の人、スゲエ名前だな
-
- 2022年03月07日 02:37
- ID:jWXSIbjH0 >>返信コメ
- >>99
天皇<征夷大将軍<執権<内管領とかいうもはや意味不明な権力の形骸化の連鎖
-
- 2022年03月07日 02:45
- ID:ahgrM10o0 >>返信コメ
- 後白河法王に押しかけられた時の鞍馬寺住職の困った顔好き
-
- 2022年03月07日 02:47
- ID:FjlOo.v40 >>返信コメ
- >>167
大ありやん…日本語理解できてる?
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- 2022年03月07日 02:48
- ID:jWXSIbjH0 >>返信コメ
- >>174
最後は大原かなやっぱり
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- 2022年03月07日 02:49
- ID:FjlOo.v40 >>返信コメ
- >>105
朝日将軍沈むの早いな…
-
- 2022年03月07日 02:54
- ID:FjlOo.v40 >>返信コメ
- >>117
794年の平安京遷都から1100年代末まで続いてるんだから大部分はそれなりに平安だろうよ。
どの政権でも例外なく乱れる末期だけ見て判断されても。
-
- 2022年03月07日 03:04
- ID:jWXSIbjH0 >>返信コメ
- >>144
徳子さんは史実で生き延びてます…
ネタバレと言うなかれ。
-
- 2022年03月07日 03:06
- ID:jWXSIbjH0 >>返信コメ
- >>162
無能描写の棟梁宗盛に対する被害担当将軍維盛が不憫になってくるな
-
- 2022年03月07日 06:25
- ID:GF0i3ghg0 >>返信コメ
- >>179
私は物語を伝え継いでいく(主に)琵琶法師達全体の擬人化かなと思ってる。そして、この平家物語は物語そのものが主人公みたいなものじゃないかなと。
-
- 2022年03月07日 06:41
- ID:esWRKcTN0 >>返信コメ
- >>120
この時代なら、既に10代の新人の頃から何年も経験を積んで
才能ある人なら頭角を顕してくる 中堅への移行期ではあるけど
(現代でいうならアラサーぐらいのイメージ?)、
維盛も資盛も、まだ20代前半なんだよなァ。というか、最終的な没年もそんなもん。
-
- 2022年03月07日 06:42
- ID:aSeHwxbL0 >>返信コメ
- >>117
治安はけしていい時代じゃなかった。芥川の『羅生門』や『藪の中』は平安時代の『今昔物語集』が元ネタ。ああいうことがいくらでもあり得る時代。
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- 2022年03月07日 06:56
- ID:9yfT4XHT0 >>返信コメ
- >>185
全然関係ないよ、日本語理解できてないだろ
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- 2022年03月07日 06:57
- ID:9yfT4XHT0 >>返信コメ
- >>152
平家物語とどう関係が
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- 2022年03月07日 07:12
- ID:aSeHwxbL0 >>返信コメ
- >>164
義仲の父ちゃんとアッーな関係で後ろ楯だった悪左府を殺って父ちゃん失脚させたのが頼朝の父ちゃん+清盛だし、義仲にして見れば両方仇だわな。
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- 2022年03月07日 07:14
- ID:aSeHwxbL0 >>返信コメ
- 忘れかけてたけど、白拍子って男装なんだよな。静の初登場がああいう牛若丸みたいなナリでも不思議じゃない。
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- 2022年03月07日 07:36
- ID:7LjKqsb20 >>返信コメ
- >>186
母を訪ねて三千院
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- 2022年03月07日 07:56
- ID:aSeHwxbL0 >>返信コメ
- >>176
南宋も南京を首都じゃなく安在と言ってたらしいな。あそこも平家みたいに海に沈んで滅亡したが。
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- 2022年03月07日 11:15
- ID:SZTowysh0 >>返信コメ
- >>185
こういうのは無視するしかないよ
荒らしだったら相手しなくていいし、荒らしじゃなかったら残念な人なんだろ
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- 2022年03月07日 13:14
- ID:Z.dyRGSb0 >>返信コメ
- >>100
誰も旅行する人なんていなかったなんて言ってないよ〜。
ただ、今の時代のように誰でも気軽に旅行できたわけではないよってことを他の人たちは言っているだけだよ〜
-
- 2022年03月07日 13:46
- ID:mEi1wE0x0 >>返信コメ
- >>193
平安京は元々土地のサイズに合わない大型都市計画で作られた結果、都市内に人か住みにくい地域ができてしまったり(おもに右京側で後期には農地化しています)、火災や疫病などが起きた場合も都市規模が大きすぎてとてもすべての地域を再建できず、再建されなかった地域がスラム化していったことも治安の悪化の原因だとされています
※国の経済も荘園の増大で国ではなく貴族(摂関家)や天皇家といった個人に多くの収入が入るようになり、国家規模での再建事業ができなくなっていたことも原因の一つとして付記しておきます
-
- 2022年03月07日 13:56
- ID:mEi1wE0x0 >>返信コメ
- >>202
あ、あとそもそも平安京の都市サイズに見合うほどの人口が周辺地域にはなく、それが都市内での過疎(農地化)を生んでいたことも付け加えておきます
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- 2022年03月07日 15:36
- ID:4ADpB3Qo0 >>返信コメ
- >>196
悪左府は流れ矢だからセーフ
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- 2022年03月07日 16:13
- ID:69zw6qvS0 >>返信コメ
- >>144
カミヨミで生き残った設定でストーリーに絡むのは時子さんの方な
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- 2022年03月07日 16:39
- ID:hziDXyXV0 >>返信コメ
- 最後に出てきた人をここ見るまで義経だと思ってたわ。そして巴御前と言われても誰だか分からん
放送に字幕入ってないからここで見るのが台詞が1番分かりやすいな
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- 2022年03月07日 16:47
- ID:KpxwwTwu0 >>返信コメ
- 「墨俣」という地名が出てきて、「あれ?うちの地域の近くの墨俣?」と思ったら、その通りだった。
秀吉の一夜城は知っていたけど、源平時代にそんな戦いがあったなんて知らなかった…
-
- 2022年03月07日 17:50
- ID:iJeoZHyc0 >>返信コメ
- 義仲!巴御前!と喜んでたら北条政子に静御前まで登場で一挙にオールスター観出て来た
とはいえ着々と終わりに向かってるんだなあという思いもして複雑
しっかし資盛お前ヒゲ似合ってないなw
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- 2022年03月07日 18:02
- ID:Mz61UVNG0 >>返信コメ
- >>206
義経は流石にこの時点では牛若丸時代のような恰好はしてないし、
頼朝と対面して、まだ関東にいるタイミング。
まあ、色白のチビ(奉納した鎧から推定して147cmと言われている)
と言われていたから容貌体格は違和感ないだろうけど。
-
- 2022年03月07日 18:45
- ID:g5GjhNsX0 >>返信コメ
- 教経VS義経(八艘飛び)がスゲエ楽しみ。
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- 2022年03月07日 18:59
- ID:3juQ2tSn0 >>返信コメ
- >>206
巴御前は「強い女性、戦う女性」の代名詞だから覚えておいて損は無いぞ。
少し古いが「今巴(いまともえ、現代版巴御前)」なんて表現もある。
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- 2022年03月07日 19:12
- ID:3yiJqEyh0 >>返信コメ
- 常盤御前、静御前、巴御前がごっちゃになって混乱する。
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- 2022年03月07日 20:06
- ID:8X0oYIe60 >>返信コメ
- >>211
なお巴御前については物語上のみに名前が出ていて史料上の裏付けは無いらしいけど、女性の武士というのは皆無では無かった模様
今週ナレ死じみた出落ちをした越後の城資長には板額御前という妹がいて、こちらは吾妻鏡で「弓の名手だった」とはっきり書かれている
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- 2022年03月07日 20:38
- ID:Wgve1KIR0 >>返信コメ
- >>212
義経のかーちゃん
義経の嫁さん
義仲の情婦
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- 2022年03月07日 20:58
- ID:inLUYQIm0 >>返信コメ
- 公式HP見たら義経は梶さんか
……鬼灯の冷徹でも義経役だったな、この人
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- 2022年03月07日 21:00
- ID:esWRKcTN0 >>返信コメ
- 平家側の、放置していて荒れたとはいえ
往年の瀟洒な佇まいの面影を残す福原京に対し、
義仲たちが集まってる木組みに笹枝を詰めた小屋、
モロに“山賊のアジト”やんけ!
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- 2022年03月07日 21:11
- ID:esWRKcTN0 >>返信コメ
- >>211
このアニメの巴御前、可愛いけど、他の女キャラに比べ芋っぽさもある骨太な「山奥育ちの元気娘」って雰囲気なのが、良いバランスだと思った。
錦絵なんかの巴御前って、場違いな細面の色白美女で とても男に引けを取らない怪力の女武者には見えないケースも少なくない。
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- 2022年03月07日 21:30
- ID:esWRKcTN0 >>返信コメ
- >>11
直近シーンの維盛が、きちんと化粧をして美麗な戦装束で整えているのとの対比で
山奥育ちで「礼儀?作法? 何それ美味しいの?」な部分をビジュアル的に強調したのかなと思った。
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- 2022年03月07日 22:43
- ID:VtxgmMEU0 >>返信コメ
- >>213
鎌倉遺文に収蔵されてる文書にも長女と長男(養子)が所領を
争った裁判の判決が残ってるから
女性だから絶対武士にはなれないってことはなかったみたいね
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- 2022年03月07日 23:55
- ID:XapK.XnX0 >>返信コメ
- >>116
シャガって中国からの指定外来種
元々そこに生えてた植物駆逐して勢力広げる。
平安時代にもあったのかな?
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- 2022年03月08日 00:04
- ID:2.TX..4p0 >>返信コメ
- >>197
歌って踊る男装の麗人
宝塚か
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- 2022年03月08日 00:44
- ID:b.0GFsIf0 >>返信コメ
- >>184
鞍馬山に日本一の大天狗が。つまり鞍馬の天狗は後白河の暗喩?
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- 2022年03月08日 00:51
- ID:lOp8YKcD0 >>返信コメ
- >>217
「うしおととら」の番外編でとらに出会った巴御前も
美人8割・イケメン2割って感じの造形だった覚えがある
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- 2022年03月08日 01:25
- ID:Z0bbC9tE0 >>返信コメ
- >>221
しかも夜の相手もしてくれる
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- 2022年03月08日 01:26
- ID:Z0bbC9tE0 >>返信コメ
- >>216
まあ、財力の違いよ
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- 2022年03月08日 02:37
- ID:zP59ONr10 >>返信コメ
- >>216
当時の京都首都圏と関東や木曽といった地方では文明レベルの隔絶は凄まじかったろう
それこそ現代中国の上海や深圳と山西省や貴州省の山奥くらいに
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- 2022年03月08日 07:26
- ID:bt25rkhR0 >>返信コメ
- >>219
この時代女性の土地(荘園)所有はとくに珍しくないことでしたしね(そもそも口分田の時代から女性にも土地は割り当てられていましたし)
この時代で有名なのは後白河法皇の姉で以仁王の養母でもあった八条院や夫近衛基実の死後その遺領を継いだ平盛子などがあげられます
女性の土地所有(相続)が減ってきたのは鎌倉後期以降、分割相続から長子相続に変わっていく過程で女性相続(多くは妻・母など)にも影響が出たものだとされています
※またこの相続方法の変化についてはこの時期中国(南宋)では儒教(朱子学)が隆盛で、その長幼の序や男尊女卑といった思想が日本の武士階級に入り込んでしまった結果ではないかと指摘される方もいらっしゃいます
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- 2022年03月08日 12:30
- ID:kVDdfxdY0 >>返信コメ
- ニシシっていちいち言わせるの嫌い
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- 2022年03月08日 14:36
- ID:HdHvriG00 >>返信コメ
- >>165
かぼちゃパンツの重盛かもしれない
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- 2022年03月08日 16:59
- ID:aEu5dxjX0 >>返信コメ
- >>79
理由がないと旅行に行けなかったから流行した。伊勢参りは村で金を出し合い、代表者が赴くなど、やっぱり限られた人しか行けなかったのだろう。
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- 2022年03月08日 19:36
- ID:bt25rkhR0 >>返信コメ
- >>230
江戸時代はそれまでよりも治安や経済がはるかに安定していましたから、お伊勢参りだとのべですが江戸中期ごろで年間20万人から40万人程度、御蔭年にはその10倍近く(当時の日本人の人口の2割弱)の人に参拝されていましたので、そこまで「限られた」というわけえはなかったんですよ(それだけの尊崇を受けていたことが後の尊王運動にも関わってきますし)。
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- 2022年03月09日 03:22
- ID:czxQBRER0 >>返信コメ
- >>197
昔っから、いい趣味してるよなぁw
オリエント方面ではわりと妓女が剣舞をしたり、今でもナイトクラブのダンサーとか
燕尾服にシルクハット、ステッキ持ってハイレグ網タイツみたいなのあったりするけど、
古今東西、倒錯的な演出は性癖に刺さるのかw
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- 2022年03月09日 04:00
- ID:czxQBRER0 >>返信コメ
- >>224
「遊びをせんとや~」の歌も、「遊び」の解釈次第で、いろんな受け止め方がされるよな。
(古語の「遊び」は、「歌舞音曲」のニュアンスが強い。)
シンプルに字面どおり受け止めれば「人生、歌い踊ってナンボ! 楽しげな子供の声を聞けば、自然に体も動き出す♪」みたいな宴会芸向けリップサービスの讃歌だし、
現代劇では、このアニメや歴代の大河ドラマ系でもそうだけど、流行した時代背景から源平合戦と絡めて「人間はこの世を楽しむために生まれてくるのではないのか? 子供達は無邪気なのに、どうして我々は殺し合いに明け暮れて…」みたいな印象を視聴者に与える演出として挿入されることが結構多いけど、
白拍子によく歌われた点から「技芸で生業うために生まれてきたのか? 性を売るために生まれてきたのか? 私の人生、何なんだろう…。穢れない幼な児の声を聞くと、あんな頃もあったはずなのに 自分はいつからこんな大人になってしまったんだろうと心搔き乱される」みたいな遊女の嘆き唄としても捉えられる。
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- 2022年03月09日 09:14
- ID:pKc8Lr230 >>返信コメ
- 福原の都の荒れ果てた姿は
清盛の夢についていける人はあの時代にはいなかったという意味でも物悲しい気持ちにさせる
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- 2022年03月10日 15:45
- ID:ZP.ZakIB0 >>返信コメ
- あれがサムスピ最新作のラスボスか。
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- 2022年03月10日 16:29
- ID:c3hR37mT0 >>返信コメ
- アニメでは省略されてるけど、倶利伽羅峠は斎藤実盛が泣かせるんだよ。
初め義仲の父義賢の家来で、主が源義平(頼朝の兄)に負けて戦死すると2歳の義仲を救って自分は源義朝の家来になった。
その義朝が平治の乱で平家に敗れて死ぬと、平家の家来になる。そして維盛付になる。
富士川の戦いの前に、「源氏はめっちゃ強いよ」と語って士気を下げたというのはこの人。
そして倶利伽羅峠の戦いで、白髪を染め化粧をして若く見せて出陣し、殿となって維盛を守り抜いて逃がし、討ち取られることで義仲に手柄を上げさせた。
旧主と今主に同時に尽くしきって散った泣かせる老武士よ。
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- 2022年03月10日 21:11
- ID:CGzuRmWf0 >>返信コメ
- 「北陸を制した相手です。ゆめゆめ、あなどられぬよう」
維盛の描写もただ敗北させるのではなく
以前の富士川の戦いと違って今回はイニシアチブを取りながら諸将をまとめて
大将として頑張っているなと思わせてから叩き潰されるから尚のこと辛いものがある
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- 2022年03月11日 08:16
- ID:rcjmrSj.0 >>返信コメ
- 平家の弟どもは全然戦にいかないのは何で?
もうそれくらいの年齢にはなってるんでしょ
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- 2022年03月11日 13:07
- ID:BuGDbTSa0 >>返信コメ
- >>213
巴御前のライバル、板額御前
レクリエイターズで弥勒寺が使ってたサーヴァントみたいなのが板額御前だったね
当時ずいぶんマイナーな人物使うなあと思ったw
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- 2022年03月11日 17:37
- ID:FgfR7pZu0 >>返信コメ
- >>233
歌の解釈はいろいろありそうだけど、当方は下記の2案がおすすめ。
①人は遊びをするために生まれてきたのではないか。それゆえに、子どもの声をきくと、私も自然と体が動いてしまう。(童心に帰る)
②昼は子どもと同じように舞を舞うが、夜は遊女としてあさましいなりわいをする。そんなことのために、自分は生まれてきたのだろうか。(嘆き、悲哀)
→”こんなもののために生まれたんじゃな~い”(by鬼束ちひろ、月光)
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- 2022年03月11日 22:15
- ID:SqUkrvJn0 >>返信コメ
- >>238
話題になる程の目立った出来事は無いから端折られてるのか知らんが、ちょこちょこ出陣してる。
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- 2022年03月12日 02:01
- ID:jcfuO9uk0 >>返信コメ
- >>236
500年後に一人の旅人がその斎藤実盛の逸話を元に句を詠むのよね。
「無残やな かぶとの下の きりぎりす」
――松尾芭蕉
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- 2022年03月19日 19:14
- ID:YIrXxN7i0 >>返信コメ
- むぅ…アマプラで続きが観れない
…コメントについて…
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